ゆるりと生きる

多くを語る必要性が消えつつあります。
多くの言葉を綴る必要性を感じなくなってきました。
人目を氣にする必要がなくなりました。
人の言動に左右されることが皆無になりました。
この感覚。
いつか来た道。
幼少の頃に味わったはずです。
わたし自身いつも思い出すのが、おそらく一歳前後の「お座り」ができた時期の感覚だと感じています。
少し暑い感覚で、ちょっと丸みを帯びた独特なフォルムを持つ、ベージュ色をした古い扇風機がカラカラと周期的に音を立てゆっくりと回りながら首を振っている。
その横で、乳幼児用布団の上に、ちょこんと座っている風景。
そこでは、
わたしは、何もしていませんし、何も考えていません。
ただ、その場の空気を吸い、その場の音を聞きいているだけ。
この感覚に近づいてきていること。
この感覚を思い出していること。
間違いありません。同じ感覚です。
何も考えていない瞬間。
何も雑念が存在していない空間。
ああ、これがわたし自身だったのだと。
それから十干十二支ひと巡り。
数えきれない体験をさせていただくことができました。
貴重な学びに感謝申し上げます。ありがとうございます。
これからは、ゆるりと生きてゆきたいと感じています。
恵まれています。
満ち足りています。
ありがとうございます。感謝申し上げます。
弥栄(やさか)ましませ。
弥栄(いやさか)ましませ弥栄(いやさか)ましませ。
2023/03/27(Mon) 21:24:55 | New Age