いま全てが選別されている

選別・選択。
いかにもスマートに聞こえるでしょうか。
あるいは、残酷な響きに感じるかもしれません。
わたしたちだけではなく、この地球上の全ての生き物が、この瞬間瞬間に「選別・選択」され続けています。
--MSM(マスメディア)の情報だけが正しいと信じるのか・他にも情報源を求めるのか。
--感染症の裏側を自分で調べ探求したのか・メディアだけを信用してきたのか。
--毒入り注射を接種したいと希望するのか・拒否するのか。
現在の混乱状況に関わることだけではなく、
--自分の存在は何なのか考えているか・そんなことは非科学的と否定するのか。
--輪廻転生の最終ランナーとして自覚しているか・そんなものは存在しないと拒否するのか。
--覚醒しない人たちは別次元に行くと確信するのか・そんな情報から離れろと拒絶するのか。
といったような精神的な部分に関しても当然、二極分化します。
そして、
人間だけではなく...、
--与えられるペットフードだけを食するネコで居るのか・他の食物を探す旅に出るのか。
--枯れはじめた枝を切り捨て新芽を出す植物で居るのか・そのまま根腐れしてしまうのか。
--最初に花を咲かせるのか・旬を迎えてから開花させ確実に鳥に選んでもらうのか。
これらだけではなく、この世のすべての存在が「何らかの選択・選別」に面し、いずれかの結果を受け入れています。
この地球は、こうした二極化を体験する場である、とされ、その体験により魂を研き上げ、根源へ持ち帰るのが全ての生き物の役目だ、と語られています。
このようにして、
それぞれの立場で異なる結果を迎えることになりますが、それはその瞬間瞬間に「選択」をした自らの判断の結果であり、その「選択」により「選別」を受け、さまざまに分岐した道を進むことになります。
これが「自由意志」であり、自らの行使による結果だということなのです。
誰かから質問が投げられて、えぇーと...と考えて好きなように回答する、といったスタイルが自由意志の行使なのではなく、この瞬間瞬間の判断の積み重ねこそが、自分自身が下した判断結果だと。
自らの意思により積み重ねられた結果、目の前の現実が変化してゆく、とは、まさにこの状況を言うのではないでしょうか。
「選択」の結果「選別」された異なった道に分岐し進んでゆく。
いずれその道はお互いに見ることができなくなり、双方の意識・記憶からも溶けるように消滅する。
これが異なった次元に分岐する。ということなのだと伝えられています。
「最後の審判」の前には、それまでの全ての行いに対する判決を受けると伝えられてきました。
もちろん、信じる・信じない、は人それぞれですし、何も強制も強要もできません。
ただ、
過去にネガティブカルマなど一切存在せずパーフェクトな100点満点の判決を受けるはずだ、と本心から胸を張って言える人は一人も居ないのではないかと思うのです。
それなのに、
いま、その期を迎えているにも関わらず、崩壊する貨幣経済にしがみついたまま。数を追うこと・最大化することだけを追及し共産主義に向かうグローバリズムに加担するばかりの行動を続け、そこだけにしかフォーカスしない人たち。
言論統制が激しく社会崩壊に向かうことがわかっていながら、そのプラットフォームのSNSを使い続ける...いいね!を集め続ける...、チャネル登録を願う...など、発する発言と行う行動がチグハグな人たち。
これらの行動自体も、選別される材料になっていること、理解の上で行動なさっているのだと思いますが。
すベての判断、すべての行動、すべての発言。
いずれもすべて「選別され」結果が出てきます。
どの次元、どの世界に降り立つのか、それはわたしたち一人ひとりの意識と行動にかかっています。
いま、最後の審判を受けていることを再度認識しておきたいと感じています。
【直前記事】
◆この瞬間の全ては選択・選別のテスト
【前々記事】
◆答えを探し求めず内から生み出す
2021/02/26(Fri) 20:49:20 | New Age