アンド・エム宮本陽ブログヘッダーイメージ

And Emotional Message -- And EM Official Blog

宮本陽・宮本章光 AKIRA MIYAMOTO@And EM Official Blog

New Entries

Timeline

Facebookアカウントは削除済み

[定期告知]

最近、立て続けに複数名の方からご連絡をいただくので、再度ご案内。
「Facebookアカウントは既に削除済み」です。

ログインすらしなくなってから丸4年以上経過し、連絡手段としてメッセージ機能は残して欲しい。と仰る方もあったが、こちらも利用がなくなり丸3年以上経過した。

そして、昨今の社会問題化。
これ以上残しておく意味はなくリスクが増えるだけなので削除させていただいた。

webでの接点はここ[ URL Link:And EM OfficialBlog ]の記事をはじめ、[ Link:平成のデジタルフォト通信 ]もある。
当然、OfficialのEメールは出先でも読み書き可能だし、電話番号も3回線とも生きている。

あと、月に2回は、FM放送でも番組を通しお目(お耳)にかかっているので、私との連絡手段は他にいくらでもあるかと。

いや...、やめたんですね?といった言葉に包み、コミュニケーションをはかる目的でご連絡いただいたのだと理解しています。
久々のご連絡に感謝申し上げます。皆様ありがとうございました。

主業務はクラシック演奏会専門映像記録制作

当方、主業務は【Link:オーケストラ演奏会専門のビデオ記録制作】。

先般、ある方から「驚いた」とのお言葉。
以前にも、何名か同じリアクションの方とお会いしたことがある。

それは、過去からずっとこのBlogをご覧いただいており、ラジオ番組も聴いていただいている様子。
これらの露出接点から判断するに、私は写真だけを撮る人だと思っていた。と仰る。
確かに、事業スタート時点ではスチルのみで始めた。だが、現在は主軸を映像へ移行し久しい。

webでは、演奏会ビデオ専業制作者(社)として、オーケストラビデオ撮影...等々の検索結果にAnd EM アンド・エムが出てくることをご存じでありながら、私とこの会社(者)二つの要素が同一であることを認識していなかった。とのこと。
「同じ人だったんですか!」と。

こちら発信側が考えているほど、受け手側は情報を取り込んでいないし判断していただけないものだと、あらためて認識。

今、ご覧いただいているBlog同じ枠の上部メニューにある「ビデオ」「出張講演」...など、すべて同じサイト上で見えている(=私の事業)にも関わらず、一回もクリック・タップしたことはない、とのことだった。

確かに逆の立場なら、Blogの更新だけを見て、こと細かにサイトの隅々まで回ることはしないかもしれない。
そんなものなんだな、と。

楽しみは画面の中でも

photo AKIRA MIYAMOTO
少し「暖かめの色」にしてゆくことで、しっとり感が出るかもしれない。
反対に「冷たい方向の色」に振ると、日陰の寒さを感じるようになるのではないか。

イエローが暴れて苔が偽物になってしまうが、それもまた楽し。
あと、奥の日陰を少し見えるように復活させる。

撮影時点で楽しみ、そして画面上でも楽しむ。
自分らしさを表現できる世界。ここは長く付き合える世界だと思うよ。

カテゴリー別アーカイブ

[定期告知]

当ページアーカイブは、カテゴリー別にご覧いただくことができます。
下部にスクロールしていただき、
【Categories / Archives】
のリストからカテゴリーを選択して、関連する記事をご覧いただけます。

投稿時の簡易な分類ですので適切ではない可能性がありますが、関連投稿を縦断するには良いかもしれません。

自分の感覚に正直になるのは難しいことじゃない

photo AKIRA MIYAMOTO
「ホワイトバランスにも感性を」(2015.10.21)[Link]でも触れたことがあるが、自分自身の好みの色であるかそうでないか、といった部分は、肌で感じる感覚のように直感的なものではないだろうか。

電球色のように暖かい色が好きなのか、純白をそのまま再現できる色が好きなのか。
あるいは、そのシチュエーションで、その色がその対象物に合っているのかどうか?
自分自身の気持ちに正直になるだけで良いと思うのだが、そんな難しいことはわからないし、面倒なことはしたくない...。という。

電球照明の室内と曇り空の外光が混じると、青白い部分と黄色い部分が混在する。
その具合を見て「ああ、ここは電球照明の室内で、且つ窓際で外の光もさしてるんだね。」と判る。
それは何も難しいことではないし、普通に生きてきたなら日常生活の中で直感的に感じるもの。

だが「感じる」ことさえやめてしまう人が増えてはいないだろうか。
ことごとく自分の頭を使うことを放棄した人の行く末はどうなるのか、想像に難くない。

Categories / Archives