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宮本章光/陽の視点 -- And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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「リーズナブルなのに高品質」の行く末?

MVNOサービスのmineo界隈がこのところ騒がしい様子。

通信データの中身を不可逆圧縮し、データ輻輳の原因となる容量圧迫を軽減する「通信の最適化」稼働とのことで、ネガティブな空気が充満しているようだ。

---約款に定義されてるとはいえ、今までは実施されていなかった
---自分でOFFできない
---事前の案内はなく、ユーザーの指摘で判明した

といった、一方的なやり方がどうなのか?という声も多い。
ま、このあたりは、誠意を欠いた部分があるように感じるものの、企業の資本系列を見れば判る話かもしれない。

私は、mineoのサービスを2014年に利用していたが、当時のiOS8アップデート絡みで高い授業料となった違約金を支払って逃げ出した。
その後、MVNO数社を試行錯誤したが、自分が必要とするパフォーマンスを得ることはできず、結局は「安かろう悪かろう」のイメージを超えることがないMVNOの利用をやめキャリアに戻った。

今、考えたいこと。
それは「リーズナブルなのに高品質」といった、日本のお家芸的な物事の展開について。

良いものを安く提供するのは大変良いこと...といったイメージがある。
もちろん、技術革新に伴ってクオリティが上がり、コストは下がる。その展開自体は望ましいことであり、ユーザー・消費者側でそのメリットを享受できるのはありがたい。

だが、ここで考えなくてはならないのは「その結果を得るためにはコストがかかっている」ということ。
その技術革新には莫大な開発費用が投入されたかもしれない。
その技術革新に投資された費用はどのように回収されているだろうか。

昭和の高度成長期には、コストが下がった分に比例し生産量が増え、同時に消費量が右肩上がりでついてきたことで歯車が回転したのではなかったか?

今、右肩上がりの消費が望めない状況下、提供・販売価格だけを提供者自らが下げ続けるのが美徳。といった感覚になってはいないだろうか。
また、数字を取り繕うために偽装や改ざんが正当化されるかのような風潮が蔓延していないだろうか。

ここで気づくべきは、
価格には理由がある。ということではないのか。

なんでも無料、無料、タダ、タダ...というキャッチコピーは、広告を絡めたwebサービスにおいては有効(だった)だろう。だが、何でも広告ビジネスモデルに当てはめるのは無理がある。
安いものには安いなりの理由があり、高いものには高いなりの理由が存在している。

当然、相場を外れた価格を見極める眼識を養う必要はあるが、「リーズナブルなのに高品質」という展開は、平成の終焉とともに、私たち自らの感覚の中からもフェードアウトする必要があるかもしれない。

少なくともワールドワイド視点では、価格を低く提供することこそが美徳...的な感覚は少数派ではないだろうか。
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