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宮本章光/陽の視点 -- And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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噴水を止めたり流したり...

photo 宮本章光:兵庫県公館一般公開日の中庭
お散歩カメラはスマートフォン。
自分自身が、業務案件以外では大きなカメラを持ち出さないスタイルになって久しい。

構えてタップすれば結果が出る...。
時には噴水の水を止めて写すのか流して撮るのか?といった希望が出てくるかもしれないし、その場合にはシャッター速度を触ることができるアプリがなければ実現しない。

と、ここまで書いて、ふと気づくこと。
世の中、噴水の水を止めたり流したり。といった表現を望む人。そもそも、そうした希望自体がなくなったのではないだろうか。

令和の時代は、昭和から平成を超え、もう三世代も先へ来てしまった。

スマホカメラにはシャッターが無い?

先の記事「高速シャッター1/8000秒はもう過去のものか」[ Link ]に関して、少し話題が出たので派生的に...。

そもそもスマホカメラにもシャッターがあるのか?という話。
答えは「当然シャッターはある。」となる。
もちろん、機械(メカニカル)式の機構をスマホの厚みの中に装備することは物理的に困難だろうし、コスト的にも無理があろう。
こうした観点からは、スマホカメラにはシャッターが「無い」訳だが、言葉遊びをしている場合ではないので、ここは論旨に沿って進める。

シャッターとは、撮像素子に対し特定時間のみ光を与える役目を担う機構である。
この目的を果たすために、先の記事のように電子シャッター(厳密には、撮像素子電子シャッター)により、必要とされる時間だけOnとし、設定された時間が経過すればOffにすることで、決まった時間だけセンサーが光を感知する。

店舗の玄関先に備わったシャッターが上下し開店、閉店、といったイメージがメカニカルシャッターであるならば、撮像素子電子シャッターは、その瞬間に店舗が生まれ、必要時間経過後に店舗が消え去る...とでもいうようなイメージではないだろうか。

結局、スマホカメラには、店舗の前に備わったガラガラ?タイプのシャッターは無いが、瞬間に生まれ瞬間に消えるタイプのシャッターはあるということ。
そもそもシャッターがなければ、光を与える(露光)時間をコントロールできないので、露出の3兄弟のうち一人が欠けてしまいカメラとしての機能が果たせない。

高速シャッター1/8000秒はもう過去のものか

「1/8000秒の存在理由」(2010年1月記事:Link)への流入が恒常的に多い。

同記事の詳細は上記リンク先をお読みいただくとして、高速シャッターへの憧れのようなものが、その昔40年くらい前にはあったように思う。

平成の現在でも、EOS kissやD3400クラスの普及グレード一眼レフは1/4000秒が高速の限界であることが多く、1/8000秒は十分に超高速であるはずだ。
しかしながら、ミラーレスカメラが一気に勢力範囲を広げてくると、そのカタログスペックには「1/16000秒」や「1/32000秒」などといった数字が踊るようになった。

実際には、機械(メカニカル)シャッターと電子シャッターの違いがあり、異なった土俵で「数字の大小だけを比較する」ことはできない。

電子シャッターは、極論すれば、撮像素子を電気的にOn / Offすることで、機械的にシャッターを開閉したのと同じように特定時間だけ感光させる方式。
弊害ももちろんあり、webには、新幹線車窓から撮った斜めに歪んだサンプルを数多く見つけることができる。
On時には電子シャッターで、Offはメカニカル、というハイブリッド式でそれらの欠点を補う技術も出てきている。

過去には、メカニカルシャッターという同じ土俵で数値の早い遅いを競い、それをセールストークに使うこともあっただろう。
今、技術革新に関するアピールは、単なる数値の大小だけではなく、もっと他の要素を語るようになった。
世の中、1/8000秒では驚かなくなったということか。
だが、40年前のカメラ小僧が憧れた1/8000秒は、今でもスゴイ技術なんだぞ、と語りたいものだと思う。

動きのある写真を撮ってみる

photo by AKIRA MIYAMOTO

「動きのある写真」って何だろう?

定番としてよく語られるのは、
シャッター速度を遅くし、被写体ブレ(被写体自身が動き流れてしまう状態)を意図的に生じさせる手法。
もちろん、撮影者側を意図的にブレさせることによっても流れてしまうが、それも一つの表現として意図が伝わる絵であれば立派な作品。


こうしたシャッター速度を遅くする以外の方法としては、
「被写体の動きを感じさせる」
「被写体の動きを予想させる」
といった、見る者の想像力を膨らませるような構図に仕上げることではないだろうか。

そのためには、被写体の動きを感じ、歌であれば一緒に(心の中で)歌い、楽器であれば(心の中で)一緒に演奏する、といったイメージを持ちながら撮ってみる。
歌や演奏に合わせ次のフレーズを予想しながらタイミングを計ってほんの僅か早めにシャッターレリーズ。

このような、アタマと指を連動させるところに写真の楽しさがあるはずだ。

ちなみに、音楽系のみならずどのようなシチュエーションにおいても、シャッター音が及ぼす周囲への配慮とマナー・制限事項・遵守事項は忘れずに。

連写を否定しないけれど…

IMG_3309s.jpg
連写モードで撮影すると、右手人差し指はシャッターボタンを押し続けるだけの「作業」しか行わない。
同時に、頭の中も動く被写体を眺めるだけの「傍観」状態。

連写のメリットは、撮影者が狙った「一発撮り」では決して手に入らない瞬間が手に入ること「もある」。
しかしそれは偶然の産物であり、結果が出ない場合もある。
もちろん、一発撮りで狙っても結果が出ないことは多い訳で、どちらが良いか悪いか?というテーブルに載せるのが目的ではない。

強く感じるのは、撮影者の満足感というか撮影の楽しさや達成感、といった部分がだんだんと疎かにされてきているな、と思われること。
連写モードで指を押すだけの作業に徹していると、撮影時点では一発撮りのように「このタイミングを絶対モノにするぞ」という意気込みや、思い通りの結果が得られた時の「やった!どうよこれ!」という達成感が低いように思われてならない。

また、連写モードでは、後から連続したカットの中からベストショットを選別するアクションが必要になるが、これまたモニター画面を眺めて選択する作業から高い満足度を得られるようには感じないのである。

かくして「一発撮り」の緊張感やそのタイミングを体で覚え、会心のカットを手に入れたときの喜びを知る人が消えて行く。
こうした目に見えない部分に存在する「心踊る楽しさ」といった部分がアピールできず、知る人も減る。
メーカーの販売数減少が叫ばれるが、こうした部分を知らない人が増えるから需要が喚起できないのかもしれない。
もっとアドレナリンが分泌されるような体験をアピールすべきではないだろうか。

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