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宮本章光/陽の視点 -- And EM Official Blog

みやもとあきらのしてん AKIRA MIYAMOTO@And EM

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この色が欲しいから撮る

photo AKIRA MIYAMOTO 宮本章光

「この色」を出したい、と感じたから撮る。
「この質感」が欲しい、と思ったから撮る。
そして、
「この明暗差」を残したい、と望んだから撮る。

そんな感覚を大切にしたい。
もちろん、後処理は自分の意思で望む通りに仕上げる。
この楽しみを一人でも多くの方へ。

以下、オリジナル(左)処理後(右)。
自分が感じたものは、見る人に「伝わるように伝えなければ伝わらない。」

Original_compare_4009.jpg

もちろん、左の絵からも撮影者の意図を汲み取ることはできると思うし、そうした鑑賞者に対し「さまざまな思考を巡らせる機会を提供する」というスタイルが過去から存在していることも否定しない。

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何かを感じていただけたなら、pringをご活用いただき応援いただけますと嬉しく思います。

伝えたいものを伝えるための画像処理

撮って出しjpeg
伝えたいもの?何それ?
という声が聞こえてきそうだが。

カメラで撮っただけでは、その日その場で感じたことの1割も伝えられないのではないかと思う。
(過去には、その1割はどうやって計測したのか。だとか、自分は5割くらいだぞ。とか突っ込む人も居たが、令和時代は人間も成長したのだろうか。いや退化かもしれないが。本題と違う部分で無駄に時間を費やすことは減ったのでありがたい時流ではある。)

で、この投稿、2枚の写真。
上の配置が撮って出しのjpeg、この文字より下に位置するのが処理後のjpeg。
伝えたいことは、画像処理によって創り出す。という事例。

伝えたいものを画像処理したjpeg

1.曇天ながら雲の濃淡は見えているので、撮影時はHDRモードでハイライトを温存しアンダー目に撮っておく。
2.手前の土は、もっと湿り気があり、人の足跡で削られた部分はもっとリアルな質感がある。
3.中央左の樹木で、傷のある部分はもっとナマ傷の感覚がある。
4.樹木の葉の部分は、もっと精細感があり、空に対し抜ける感覚が欲しい。
5.右の池は、映り込みの鮮やかさは目を引く上、実際には鏡面のような重厚な存在感がある。
6.グーリンの絨毯(草)は、枯れ草ではないし、新緑の匂いが感じられる鮮やかさが実際の色。
7.池の際の木々には、ツツジの花のような赤色系と緑色系の対比がもっと大きく存在している。

といった感覚。あくまでも個人的ながら。


これらを実現すべく画像処理をし、以下の写真に仕上げる。

「〇〇のような」とか「xxみたいな」感覚は、実際にはどう処理したら良いのかわからない。
というのも正直なところだと思われるが、
それぞれ「なぜそう見えない」のかがわかれば、その原因を取り除く方向に処理すれば良い。
ということになる。

そして完成。
上と下との画像を比較していただければ。


お仕着せのフィルター遊びが終焉を迎えた今、自分で伝えたいものは画像処理によって創り出す。
そんな時代になったのは喜ばしいこと。

お手軽画像処理講座、これからも続けます。

HDR対応カメラでなくても撮れる味わい

HDR風に画像処理をしてみる photo 宮本章光
自分のスマホは古いモデルだから、最新のAIを活用したHDR風の写真は撮れないんです...。
という声はまだ耳にしていないが、そろそろ出てくる頃かもしれないな、と勝手に妄想の世界に入っている。

HDR処理の原理は、一枚の中に同時に存在できないような大きな明暗差を、複数枚の撮影とガンマカーブ、ニースロープの調整など、さまざまな技術を駆使して一枚の中に共存させるもの。
スマホカメラの場合には、各社それぞれ最新のAI技術が注ぎ込まれている部分でもある。

もちろん最新型と同じとは言えないまでも、近いイメージにHDR風の調整をすることは可能だし、そのために撮影時点から完成画像に思いを巡らせる。
ハイライトは限界を超えるとデータが残らないが、シャドウ近辺は、人間の目に見えている限りは何らかの反射光があると思われるため、暗めに撮っておいて後処理で復活させる。
状況によってはシャドウはノイズフロアに埋もれている場合があり、極端な調整はノイズの増幅が激しく見るに耐えない結果となることもある。

こうした部分を考えながら試行錯誤を重ね、自分らしさを盛り込む。
ここに楽しさと満足感が生まれてくる。

じっくり一枚に向き合い作品を残す

印象的な瓦 photo 宮本章光
以前の記事「明暗差を最大限に:LINK」で書いたような、自然界の風景でありながら、自らスタジオ照明をコントロール・作り込むような疑似体験ができること。
それが、画像処理の面白さのひとつではないかと思う。

この楽しみの沼に足を取られた人がまたお一人。新年挨拶を兼ねてご連絡をいただいた。
ポイントは、自分が伝えたかったことを伝えるための「階調」が表現されている点にあり、その結果を作り出すためのプロセスを楽しめるところにある。

こちらは、私の昨秋10月のアーカイブより。
左下のハイライトと、右下の瓦に見る黒の締まり具合。そして円形部分に反射する陽の光。
撮影時点では、自分自身が「一歩、左右どちらかに移動するだけ」で、見え方は変わってしまう状況。
そして、白と青の対比も印象的だった。

この瞬間の記憶が蘇るとともに、その気持ちを階調のコントロールに落とし込む。
最低でも、写真撮影は二度楽しい。
じっくり一枚に向き合い作品を残す。といった趣味の復活を願う。

写真を使い捨てにした10年からの回帰

迎春準備の寄せ植え photo 宮本章光
光と影があるから印象的な結果が得られる。
だが、
明暗差が大きすぎる場合には、飛び・ツブれる、といったように、データ両端の記録ができないケースが出てくる。
少しでも広い範囲を収めるために、スマホのHDRモード(多重露光と合成)のような仕組みを利用し、狭い範囲に大きな明暗差を同居させる。
そして、ガンマやニースロープの調整による、肉眼で見た「記憶階調・希望階調(造語)」に近づけるべく望ましいと思われる明暗差の分布を創り出す。

来たる新たな年には、自分にしか作り出せない、とっておきの一枚を大切にする潮流が復活してほしいと願う。
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