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宮本陽・宮本章光 AKIRA MIYAMOTO@And EM Official Blog

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HDRを常時Onにする弊害

HDR常時Onにする弊害

スマホカメラのHDR機能を活用することで、明るい空と暗い地上を一枚の画像に共存させることが容易になる。
しかしながら、後処理(フォトレタッチ)を考慮するなら、HDRは弊害になる可能性が出てくる。

ハイライトに近い部分は、ニースロープが寝かされることで階調情報が通常撮影に比較し減少する。
一枚の撮って出しで完結させる場合には大きな問題にならず、むしろ上記のように明暗差を縮小し人間の記憶に近づけるメリットはある。
だが、画像処理前提で考えるならば、触るほどに空や雲の部分の階調が破綻しバンディングが派手に出てしまう結果を招く。

なかなか悩ましいところではあるが、これらの要素を考えるのもデジタルの楽しみであるように思う。

見た目に近づけるという考え方

photo by AKIRA MIYAMOTO

画像処理って、インスタのフィルターを掛けることじゃない。
一次直線的なカメラの露出では、明暗差が強すぎて見えない部分も出てくる。
だから、人間の目で見たようなイメージに近づける。という考え方がある。

飛ばして・潰して・色を転ばせて...。
そんな遊びは、もう卒業、もう卒業。と言い続けて何年になろうか。

映像の世界ではHDRの技術革新が続く。
写真の世界は、デッカいカメラの時代は終わった、だとか、もうスマホで十分でしょ、だとか。
2017年も残り少なくなったのに、いまだにフィルター遊びでインスタ映え。だと。
これじゃ、この世界ホントに終わってしまうよ。

人間の目と脳は超高性能

photo AKIRA MIYAMOTO

え?何かちょっと違うよね。
と思わせる、意図的にデータを破壊した色や階調で意表をつく方法。
そんなフィルター遊びをまだ続けていらっしゃる方々も、人ぞれぞれ。
ただ、こうしたお遊びフィルターの中に、HDRも一括りにしてしまうのは少々乱暴かもしれない。

一枚のデータ範囲に収まりきらない自然界の広大なダイナミックレンジを、複数枚の撮影と合成により平準化し極端な明暗差を同じデータ内に記録する。
そして、それを更に画像処理によって「人の目で見える感覚に近づける」。

人間の視覚は、大きな明暗差を脳内補正して平準化、認識できる。
だが、写真画像データはHDRのような技法と後処理を経なければ実現しない。

目と脳の凄さを認識する瞬間。
10年後に、このブロックはまだ残っているだろうか。

階調をコントロールする感覚

photo by AKIRA MIYAMOTO

初めて自転車のペダルを漕いで前に進んだ感覚。
初めてバットでボールを打ち返し飛距離が伸びた気持ちよさ。
初めて乗用車のアクセルを踏み重量のあるクルマが前に進んだ面白さ。
初めてキーボード入力した文字がプリンターから出力された日の驚き...。

人それぞれ、自分の手足の延長線上にある「道具や機器」が、人の能力を超えて動き働いた時の感動があるに違いない。

写真だって、カメラが撮った画像データを自分の感性で調整し、思う通りの結果が導き出せた瞬間の喜びがあると思う。
それは、単に色が変わった、だとか、明るさが変わった。だけでもいい。

この面白さを味わったならば、是非、次は階調の世界に入ってきてほしい。
階調の泥沼へようこそ!

画像処理の食わず嫌い

photo by AKIRA MIYAMOTO

オジさまたちが撮って出し至上かレタッチ最高か...なディベートに明け暮れている間に、若者たちはフィルム回帰しはじめた。

なるほど、スマホ内での強すぎるコントラストと色カブリのフィルターに慣れた人たちには、フィルムのテイストが同一ベクトル上にあるのだろう。そもそも、エフェクトやフィルターがSNS上に投入されたのは、フィルムライクな世界を再現しようとした黎明期のクリエイターの思いや意図がそこに存在していたはず。
フィルムへの関心の高さは、その一つの回答なのかもしれない。

だが、時代はもうひとつの大きな流れを作り上げつつある。
「狭い」階調表現空間に、より肉眼のイメージに近づけた「広く豊富な」階調を残すこと。

狭小センサーは自然界の広すぎる階調を物理的に残せない以上、画像処理でそのイメージに近づける必要がある。食わず嫌いはもうそろそろ卒業しても良い頃ではなかろうか。
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